北関東磐越のローカル線を巡る旅


計画
2月の雪の東北地方を回る旅では計画から外した只見線に乗りたい。会津若松へ行くとなると磐越西線や、珍しい国鉄−私鉄にまたがって建設されていた野岩線にも乗りたい。これに上越線を加えて今回の旅行の骨格は決まった。また高崎を通るとなると信越本線の碓氷峠跡にも行っておきたいし、これらの線に接続している盲腸線も加える。

場所がJR東日本内なので、青春18切符ではなく北海道&東日本パスを使う。連続5日間で使うなら10000円とこちらのほうが安い(2010年夏からは連続7日間と、更にお買い得になっている)。いわて銀河鉄道や青い森鉄道、北越急行が使えるという特典があるが、今回の旅程には入っていない。飛行機で直行するポイントは新潟に定めた。

新潟から磐越西線や只見線に乗るとなると、新潟−新見−磐越西線−会津若松−只見線が普通のルートだろうが、これでは全く接続が悪い。只見線は1日3往復だが、現実に使えるダイヤは上下とも13時頃に発車する1往復しかない。最初に磐越西線に乗ってしまうと只見線に上手く接続できない。
さらに時刻表をめくって行くと、上越線も大変なローカル線になっている。「国境の長いトンネルを抜けると雪国だった」の清水トンネルを擁する幹線で、何本もの特急が走っていたはずなのに。水上−越後湯沢間が特にレアで使えそうな定期列車は4往復しかない。これでは長い階段の土合駅に降り立つ等と言う事は不可能だ。
又盲腸線にも猛者が居る。烏山線や弥彦線、日光線は可愛いモノだが、吾妻線とわたらせ渓谷鉄道(旧足尾線)は、俺に乗るなら1日をかけて乗れと主張してやまない。特に吾妻線は終点の一つ手前までは沢山の列車があるのに、大前へ行く列車は1日3本しかなく、現実的なのは1本のみである。



これらを勘案して下図のルートが出来上がった。


新潟に着いたら、信越本線で小出まで南下して只見線に乗り会津若松へ。
翌日は磐越西線を捨てて、会津鉄道−野岩鉄道−東武を通って日光を抜け宇都宮まで行く。
3日目東北本線で北上し、ようやく磐越西線に乗る。
吾妻線は4日目、わたらせ渓谷鉄道は5日目に振り分けた。
ルートではなくて乗り継ぎを優先したら、同じ所を行ったり来たりするような行程になった。


宿を予約した後で時刻表の3月号を眺めていると、上越線に盲腸線が出ている。
ガーラ湯沢という冬期にしか列車が来ない駅である。まったく見落としていた。次回に回すとなると、この線の運行時期に合わせないといけない。今は上越線に余裕はないしと困った。
結局新幹線を一駅だけ使うと、予定より一列車早い列車に乗れる事が判り、胸をなでおろした。


とうとう雨が降り出してきたけど、それでは今から行ってきます。

第2日目第3日目第4日目第5日目その1第5日目その2


第1日 
2009/03/22 新潟〜小出〜会津若松



新潟発11:05の信越線普通列車で旅を開始するを予定していた。
長岡で乗り換えると只見線の出発駅小出着は13:08、乗り換え時間は9分ある。只見線は4時間と五能線並みの長丁場だから、座席が悪いと却ってフラストレーションが溜まる。念のため小出駅に問い合わせてみると12:55にドアが開いて乗り込めるようになると言う。発車の20分以上も前だ。9分の乗り継ぎでは「同好の士」が席を占有してしまう可能性がある。青春18切符のシーズンであるし、3連休の最後の日でもある。なんとか、それより早く小出駅に着く方法を算段した方がいい。

その前の新潟発10:00発の列車に乗れても、長岡から乗れる上越線の列車は変わらない。 あれこれ弄くっていると、新幹線で浦佐まで行き過ぎてから下りの列車に乗ると、1時間以上早く小出に着けることが判った。

天候は曇り。朝から風が強く飛行機の延着は無かった。
空港からのバスでは日本語と英語の後で、韓国語とロシア語のアナウンスがあった。新潟は、西に開いた貿易港でもある事を思い起こす。




新潟駅は日本海側で最大の拠点である。
確かに建物は大きいが、駅の表示が広告と見分けが付きにくい。便・不便の問題でなく駅の「格」が損なわれている気がする。



在来線ホームでは10:00発の列車が6両編成で待機。間に合ったけれども今はこれに乗らない。
7番ホームから階段を登って新幹線ホームへ。

時間的には新幹線に乗る必要は無い。けれど乗り潰しには新潟−燕三条間を今乗っておくと、飛び地の未乗区間が出来なくて好都合になる。
あほらしい動機だったが上越新幹線に初めて乗ることになった。肘掛けの内側にボタンが2つあって、リクライニング以外にシートを前へ滑り出せる。


駅員がこれで新幹線に乗れるなんて言うものだから時間をロスした。
長岡駅でも同じ事を言われた。青春18切符に比べて認知度は低いようだ。



一駅乗っただけで燕三条で弥彦線に乗り換え。
駅構内なのに乗り換えの改札前に鳥居が有り、弥彦神社をアピールしている。

ロングシートの電車で東三条へ向かう。
東三条から、新潟駅で見送った普通列車に乗車。



長岡から今度は乗り換え必須の新幹線に乗る。

2階建て新幹線の1階席は防護壁に視界を遮られて景色を見ることが出来ない。席は満員だし、貨物列車に積み込まれて運ばれていく荷物になったような気がする。15分の乗車で「解放」された時はホッとした。。



浦佐駅で再び在来線に乗り換える。
乗り換えで降りただけの駅だったが、誰もいないホームから雪を被った会津の山々が見渡せた。
思いがけない所で旅情を味わう。



12:01に小出駅に到着すると13:17発の只見線の列車が待機していた。
隣には次の16:10発の列車も同様にエンジンをかけて待機している。狭いホームの両側でディーゼルエンジンを回しているので五月蠅い。五月蠅いだけなら良いが、4時間も無駄にエンジンを回して燃料を浪費し、盛大にCO2を撒き散らす。只でさえ少ない運賃収入がこれで消えてしまうだろうし、単位重量距離当たりのCO2排出量が最も少ない交通機関というアピールが虚しくなる。


荷物を置いて席を確保した後、駅前を散策する。
駅と小出の街との間には魚野川が流れている。雪解け水で水量は豊富だ。
小出橋の上から越後三山が眺められる。新潟百景に選ばれているそうだ。
木立の左から、八海山、中ノ岳、左端で頂上が雲に隠れているのが越後駒ヶ岳




列車は2両編成で、1両はロングシートでもう1両がボックスシートとの混在タイプ。定刻に発車した時には各ボックスに1名が座っていた。当初スケジュールでも慌てることはなかった。

この辺りの家は物置のような1階の上に、2、3階を建ててある。少々雪が積もっても出入りに困らないように出来ている。


豪雪地帯らしく、対岸を行く道路も延々とスノーシェルターを被っている。

短いトンネルを幾つか抜け、今度はなかなか出ないなと思っていると六十里越トンネルだった。すると突然エンジン音が静かになった。峠を越えたのだ。越後山脈を抜けて福島県へ入った。

トンネルを出て、3/31まで「冬眠」中の田子倉駅を通過すると、目の前に満々と水をたたえた田子倉湖が見える。ハズだった。
水位は低く、湖面はずっと向こうに僅かに顔を覗かせているだけだった。




只見駅を通過すると駅名の殆どに「会津」が付く。

そんな会津大塩駅付近に来ると、幾重にも堰きとめられた只見川が湖のように寄り添ってくる。


会津川口駅は、そんな湖と化した只見川に最も近い駅だった。

会津川口から会津水沼まで、列車の左窓に湖沼のような只見川が続く。


会津盆地の夕暮れ時の車窓。
只見線は会津坂下(あいづばんげ)から南へ方向を変え、会津若松の市街地を避けるようにU字型に進む。

実は今回の旅では、これまでのリコーR7に加えて、パナソニックのLX3を持ってきている。夕暮れの南阿蘇鉄道で、絞りやシャッタースピードをマニュアルで変えられるカメラの必要性を感じた。それでLX3を買ったのだが、操作に不慣れで、車窓で「発見」した景色を素早く捉えることが出来ない。暫く併用することにする。



午後5時過ぎに会津若松駅到着。
城を模した屋根の前で白虎隊が出迎えてくれる。
明日は7時の列車で会津若松を立つ。観光は、明後日再び会津若松を訪れた時までおあずけになる。

今夜は会津若松ワシントンホテルに泊まる。
ワシントンホテルというと、私には札幌駅前の狭い天井の低い部屋のイメージが強いが、ここは結婚式場も併設しており部屋も建物もランクが上だった。





HOME第2日目
inserted by FC2 system